76.第1章 マンション管理士資格取得の思わぬきっかけ [マンション管理士への道]

2004年11月01日 by 重松マンション管理士事務所所長・マンション管理士 重松秀士


私がなぜマンション管理士になろうと思ったか。
マンション管理士とはどんな資格か?
そして、どのようにして資格を取得したか等を記載しています。

興味がおありになる方は是非ごらん下さい。
面白おかしく書いていますが「実話」です。
連載形式でお知らせいたします。

何気なく目に留まった「胡散臭い」新聞広告

 それは2001年の6月のことです。購読している新聞の第1面がふと目に留まりました。『マンション管理士を目指しませんか』という資格取得学校の広告だったのです。
 
 私は昔から新聞の第1面の下段にある広告はなかなか興味深いと感じていました。

 なぜなら、どちらかというと論文などのお堅いイメージの広告が多いのですが、時々「ガンはすぐ治る」のような健康に関する本や「絶対に儲かる投資術」などのように胡散臭い本の宣伝も掲載してあるし、かと思えば「女性の浴衣写真集」などの色っぽい本の宣伝もあるからです。
 
 「いったいどのような基準で掲載しているのだろう?」と思うことがしばしばあります。みなさんはそんなことはありませんか?
 
 そしてその広告ですが、「新しい国家資格であること」や「初回の試験だから簡単に資格取得ができること」、「すぐに高収入に結びつくこと」などが書かれていました。
 
 「本当にこんなうまい話があるのだろうか?」と、やはり胡散臭い気がしました。しかし、30年ほどマンション暮らしをしていた私には「マンション管理士」という響きになんとなく親近感が感じられたのです。
 
 そしてこの広告からまさか私の人生が変わっていくとはその時は全く思いませんでした。

「なんとなく暮らしてる」

 現長野県知事の小説に似たような題名の作品があったように記憶していますが、その当時の私はまさになんとなく生活している状態だったのです。なぜなら30年近く勤務したサラリーマンをこのまま定年まで続けようかどうか迷っていた時だったからです。
 
 自分のサラリーマン生活は、自分でいうのも何ですが、それまでは大変満足のいくもので、とても充実していると思っていました。

大学を中退してからは、今で言う「フリーター」または「ぷーたろー」のような生活を繰り返して両親をずいぶん心配させましたが、新聞の募集広告で見た会社に応募したら、そこの社長がたまたま高校の先輩だったので私のような経歴でも即採用され、私もやる気を出して頑張りました。

 入社以来、仕事は面白いと感じていたし、仲間や客先にも恵まれ、当時のサラリーマンとしては異例の40歳代で取締役にも昇進し、まさに順風満帆の人生を謳歌していました。今思い起こせば、そのときも私の人生の転換点は「新聞広告」だったのです
 
 このまま定年まで大過なく過ごすことができれば、老後も働かずに好きな囲碁やゴルフの上達を目指し、下手だった書道を勉強し、今まであまりできなかった読書も楽しもうなどと考えていました。
 
 「自分は何とよい星の下に生れてきたのだろう。自分のような幸福な人間がいるからこそ一生不幸な人間もいるのだな。」などわけのわからないことを思っていたものです。おかしなものですね。
 
 しかし!良いことばかりは続かないものです…

前代未聞の大事件勃発!

 ここでは詳しく書けませんが、とんでもない不祥事が社内で発生し、前代未聞の大事件となってしまったのです。私も取締役としての連座責任を追及され、ヒラ部長に格下げされてしまいました

 このときは取締役の責任はこんなに重大なものかと思い知らされました。

 そしてこれをきっかけにいろいろ考えるようになったのです。

 自分の年齢、社内を取り巻く環境などを考えたら、この先自分がどのようになっていくかは多くの先輩を見てきたので自分でも十分に分かっていました。

 30歳代なら「よし、もう一度這い上がってやろう!」と思っただろうし、定年間近なら「あと2〜3年だから辛抱しよう。」と決断したと思います。

 しかし、自分の年齢は中途半端な51歳…

 いろいろ考えながらも、広告に記載されていた資格取得学校に問い合わせてみることにしました。

以下次号。。。

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